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【Blog】食軸のはなし/其の弐 禅の行事と私の体験が導いた、静かに調う日々〜

みなさん、ごきげんよう。

師走に入り、今年の締めくくりと新年の準備で慌ただしくなる頃です。

日本では12月13日に煤払いが行われ、神社やお寺では一年の埃を祓い清めます。

 

私自身もこうした年中行事のリズムを暮らしに取り入れながら、

掃除の「集中期間」のようなものを設けていますが

毎年12月1日〜8日に行われる禅宗の 臘八会ろうはちえ に合わせて、

食事を一度ゼロベースで見直してみたことが、非常に大きな転機になりました。


 

■ 禅宗に学んだ、私の“食軸しょくじく

 

臘八会では、修行僧は質素な精進料理で心身を整えます。

前回の記事でも触れましたが、禅の食事にちなみながら、

近年、私も次のようなシンプルな食事を軸に据えてみました。

今回は前回より個人的な体験談によせて、食軸を身近に感じ取っていただけるように試みるつもりで記事にしました。

 

【食軸の基本】

 

  • 精進だしの味噌汁

  • 出し殻の佃煮

  • 玄米と白米のおかゆ

  • 胡麻塩

  • 調味料は最低限に、食材はなるべく自然なものを選ぶ

 

これが驚くほど身体に合いました。

食品の成分表示を細かく確認して「これはダメ、あれはダメ」と悩む必要もなく、

誰かに気を遣わせることもない。

品目は少なくても穏やかで深い味わいがあり、食後の血糖値も安定する。

そして何より、心が静かに落ち着く。

「真のマインドフルネス生活」という言葉がしっくりくるほどの感覚でした。


 

■ 幼少期から続く持病が教えてくれたこと

 

私は幼少期、小児喘息とアレルギー性鼻炎を抱え、

小学校高学年まで毎週のように病院で注射を受けていました。

思春期にはアトピーで全身がかゆく、手の赤切れに苦しみながら

バスケットボールを続けていたほどです。

成人してから症状は落ち着くものの、季節の変わり目には悪化したりと、

「根本的には治っていない」と感じる状態が続いていました。


 

■ 糖質制限の成功と失敗、そして自己免疫の乱れ

 

10年ほど前、糖質制限に取り組み、最初は体調もよく減量にも成功しました。

しかししばらくすると自己免疫疾患のような不調が現れ、

落ち着いていた喘息やアトピーが再び悪化。

“健康のための食事” のはずが、かえって身体を壊してしまった瞬間でした。

そこからたまたま薬剤師の妻や知人が学んでいたオーソモレキュラー栄養療法に出会い、

半年〜2年かけて徐々に回復。

 

しかし同時に、幼少期からの体質が深層に残っていることも痛感したのです。


 

■ 娘の症状が改善した「正しい糖質との付き合い方」

 

同じ時期、当時2歳の娘にも喘息とアトピーの症状が出ました。

けれども、精製された糖質を徹底的に避けること

栄養療法を組み合わせることで、現在はまったく症状がありません。

この経験は、「糖質=悪」ではなく、

“何をどう食べるか” がすべて であると私に教えてくれました。


 

■ 食軸がもたらした変化

 

食軸を実践してから、次のような変化が継続しています。

  • 食後の眠気がまったくない

  • 朝の目覚めが自然で軽い

  • 毎日バナナ一本分の快便

  • 心が静かに落ち着く

  • 血糖値が安定し、午後のパフォーマンスが続く

  • 睡眠の質が向上

  • 季節の変わり目でも体調が崩れにくい

  • アトピーや喘息がほぼ悪化しない

 

身体の聲(こえ)がよく聞こえるようになり、

「今日はこれで充分だ」と自然に判断できるようになったのが大きな収穫です。


 

■ 未病・不定愁訴に悩む方へ

 

現代の多くの不調は、病名こそつかなくても、

“身体がずっと小さなSOSを出し続けている状態”です。

  • 原因不明の倦怠感

  • 朝のだるさ

  • アレルギー症状の波

  • 食後の眠気

  • 肌荒れや排便の不調

  • メンタルの揺れ

 

これらは、生活の「軸」が少しズレているサインかもしれません。

ヨガの経典「ゲーランダサンヒター」には、

食を節制することなくヨーガを実践するのであれば、何の利益ももたらさないだけではなく、さまざまな病を患うだろう。

 

とありますが、これはヨガに限らず、

あらゆる立場の人にも通じる言葉だと感じています。


 

■ 欲の扱い方と、身体の聲

 

私たちにはさまざまな欲があります。

夢、目標、願望、社会的承認——それらを持つこと自体を否定するつもりはありません。

 

ただ、それはあくまで 二次的な欲求 です。

その前に、

身体の聲からくる生存欲求という“第一義”に向き合うこと が欠かせません。

 

仏教における毒矢の喩えではないですが、

ここが満たされていないと、

どれだけ二次的な欲求を満たそうとしても、

見えない足かせが残り続けてしまい、文字通り、二進も三進もいかないのではないでしょうか。


 

■ 禅的な食生活は「節制」ではなく、ただ美味しくて自然なだけ

 

禅的な食生活は、

調理の手間が最小限で美味しく、

食後感も良く、経済的にも環境的にも優しく、

そして養生効果が高い——という、とても理にかなった世界です。

 

何か特別な健康法でもなく、我慢を強いる節制でもない。

新しい食材や調理を加え、献立が煩瑣になることもない。

 

ただ、日本人が昔からしてきた簡素な食事に戻るだけ。

やることは驚くほどシンプルです。


 

私の体験や食軸が、

同じように悩む誰かのヒントになれば幸いです。

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